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東京高等裁判所 昭和56年(ラ)345号 決定

事実

(一)  疎明資料によれば、次の各事実が認められる。(中略)

2 本件特許発明の明細書の特許請求の範囲の記載

「基体の最先方にケーシングチユーブを挟持するチヤツクを設け該チヤツクに挟持されたケーシングチユーブを圧入ならびに該チユーブの中心軸を中心として左右に往復回動を与える装置をチヤツク附近に設け、更に掘削時の全装置の上下振動ならびに横振れを防止するため前記チヤツクの後方にインゴツトを取脱し自在に取着け、基体のその後方後尾に上記往復回動に際して強力な側圧を土壌から受けるアンカーを基体の下方に突設した掘削装置。」

3 相手方高橋工業株式会社が原決定添附別紙説明書及び図面記載の掘削装置(以下「イ号物件」という。)を製造し、相手方株式会社茄子川組がこれを使用していること。

(二)  前記本件特許発明の明細書の特許請求範囲の記載によれば、本件特許発明は、これを次のとおりの構成要件に分説説明することができる。

A  基体の最先方にケーシングチユーブを挟持するチヤツクを設けたこと。

B  右チヤツクに挟持されたケーシングチユーブを圧入し、かつ該チユーブの中心軸を中心として左右に往復回動を与える装置をチヤツク附近に設けたこと。

C  掘削時の全装置の上下振動並びに横振れを防止するため前記チヤツクの後方にインゴツトを取外し自在に取り付けたこと。

D  基体の後方後尾に前記往復回動に際して強力な側圧を土壌から受けるアンカーを基体の下方に突設したこと。

E  掘削装置であること。

(三)  そして、前記原決定添附別紙説明書及び図面の記載によれば、イ号物件の構成はこれを本件特許発明の構成要件に対応して次のとおり分説することができる。

A´ 基体の最先方にケーシングチユーブを挟持するチヤツクを設けたこと。

B´ 右チヤツクに挟持されたケーシングチユーブを圧入し、かつ該チユーブの中心軸を中心として左右に往復回動を与える装置をチヤツク附近に設けたこと。

C´ 掘削時の全装置の上下振動並びに横振れを防止するため前記チヤツクの両側にインゴツトを取外し自在に取り付けたこと。

D´ 基体の後方後尾に前記往復回動に際して強力な側圧を土壌から受けるアンカーを基体の下方に突設したこと。

E´ 掘削装置であること。

(四)  そこで本件特許発明とイ号物件とを対比すると、イ号物件の前記A´、B´、D´及びE´の構成は本件特許発明の構成要件A、B、D及びEと同一であることは明らかであるが、C´においてイ号物件のインゴツトはチヤツクの両側に取り付けてあるのに対し、本件特許発明においてはインゴツトがチヤツクの後方に取り付けてあるものであるから、イ号物件は本件特許発明のCの要件を充足せず、したがつてイ号物件は本件特許発明の権利範囲に属しないものといわなければならない。

(五)  抗告人は、右の点について、本件特許発明の掘削装置において、装置の横振れを防止し、装置の軽量小型化を図る上で最も効果があるのは構成要件Dにおける「基体の後方後尾に」突設されたアンカー」であり インゴツトの配置は前記の作用効果を更に大きくするための補助的手段にすぎず、したがつて、本件特許発明において最も重要なのは構成要件Dであり、構成要件Cは比較的重要ではない要件であること、インゴツトの配置を「チヤツクの後方」から「チヤツクの両側」へ変更することによつて格別顕著な作用効果を発揮するものではなく、むしろ掘削装置の横幅を増大する結果を招くものであること、また、このようなインゴツトの配置の変更は当業者にとつて極めて容易になしうるもので単なる設計変更にすぎないこと等を理由として、結局イ号物件は本件特許発明とは設計上の微差を有するにすぎない旨主張する。しかしながら疎甲第二号証(本件特許公報)の記載とくにその発明の詳細な説明の欄における「本発明は前記アンカーとインゴツトとの併用とその適切な配置により全装置を軽量小型化することができ、従つて壁際に接近し、また二つの壁によつて形成された隅角部の奥に突入して杭打孔を掘削することを可能とした」(第2欄第一六ないし第二〇行。なお、「枕打孔」とあるのは「杭打孔」の誤記と認める。)、「本装置は全体が小型であるから、チヤツク9を壁面に接近せしめ、また二壁面で形成される隅角部の奥深くへ突入せしむることが可能である」(第3欄第二四ないし第二六行)及び「この発明によればチヤツク9を壁面に接触させる程度極端に壁面に接近させることができる。」(第3欄第三一、三二行)との各記載によれば、本件特許発明は、右記載のとおりの作用効果を奏することをもその目的の一つとしているものであり、その作用効果は、前記C及びDの構成により、インゴツトとアンカーを基体内にチヤツクとほとんど一列に配置し、装置全体の横幅を小さくすることによつて得られるものであつて、右Cの要件は、Dの要件とともに、本件特許発明にとつて重要な要件であり、インゴツトがチヤツクの両側に取り付けられているイ号物件では前記のような効果は得られず、イ号物件は本件特許発明の重要な要件の一つを欠いているから、本件特許発明の権利範囲に属しないものといわなければならない。

抗告人は、また、イ号物件においては、インゴツトをチヤツク後方に位置させることも可能である旨主張するが、前記説明書及び図面によれば、イ号物件においては、インゴツトは、チヤツクの両側に取り付けた構造になつており、チヤツクの後方に取り付ける構造にはなつていないと認められるから、抗告人の右主張も採用できない。

(六)  以上によれば、相手方らのイ号物件の製造、使用等の行為は本件特許権の侵害にはあたらず、本件仮処分申請は、被保全権利についての疎明を欠くものであり、保証をもつて疎明に代えることも相当でないから、その理由がないものとしてこれを却下すべきものであるところ、これと同旨に出た原決定は正当であつて本件抗告は理由がないから、これを棄却することとする。

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